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2010年6月10日 (木)

ばいばい みゅう 

昨夜、みゅうは私の腕の中で逝きました。

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20年前、生後1ヶ月で我が家にやって来た

元気いっぱいのみゅうは

内弁慶でわがままで寂しがり屋で

言ってみれば典型的なネコでした。

 新聞記事で見つけた「猫譲ります」

自宅にお邪魔しリビングのソファーで

上になり下になりぐちゃぐちゃになって

ジャレ合っている子猫たち。

その中の,ママ猫の三毛よりも

パパ猫シャムの血を最も受け継いでいそうな

子猫をひと目で気に入りました。

「一番やんちゃな子よ」と言われたけど・・・。

その猫を「みゅう」と名づけました。

家族から離れ泣きじゃくるかと思いきや

部屋の隅々を歩き回り興味が湧いた物には

物怖じせずに飛び掛り

最後は力尽きてその場に倒れ込むように熟睡して

しまったみゅう。

                        

地震に驚き真っ先に逃げ出したこと

血相をかえて押入れに隠れた雷

初めての雪に埋もれて泣き出したこと

道路のU字溝の中を尻尾を立てて歩いていたこと

自分専用のホットカーペットが大のお気に入りだったこと

マグロ缶、お口直しは煮干がないと

ご機嫌がななめになること

夜、屋根の上を全速力で駆け回ること

トンボと弱ったセミしか捕まえられないこと

365日 夏は私の布団の上

冬は布団の中でいっしょに寝ること。

ネコのくせに猫嫌いなこと。

鏡に映った自分の姿に目を白黒させていたこと。

そして

何よりあなたは私の愚痴を

すべて聞き入れてくれましたね。

この家で起きた様々なことをいっしょに見て

きましたね。

                    

親父が亡くなった時

騒ぐこともなくジッと祭壇の前で、お坊さんの横で

座っていたこと

とても鮮明に覚えています。

 夏の夕方、西日の射す屋根で涼んでいるみゅうの

後姿、哀愁がありました

そんな姿を子供たちが見つけて

「ネコだネコだぁ」と騒ぎ立てているとき

あなたはまんざらでもないようでしたね。

まるでジャングル大帝レオのようでしたよ

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そんなみゅうに異変が起きたのが去年の3月。

19歳になったばかりのときでした。

年齢からくる病でしたが通院したおかげで

後遺症は残ったものの元気を取り戻しました。

それでもみゅうはもう老猫

さすがに以前のような勢いはなく飛んだり跳ねたり

するような振る舞いは減り

寝ることが彼女の仕事になりました。

長らく使っていたホットカーペットを新調し

寒い時期はもうその上にぺったり・・・

春と秋は私の布団の上でぬくぬく

夏はレースのカーテン揺れる出窓でごろり

そして冬はぽっかぽかのカーペット。

                   

 トイレやご飯、すべてのものを私の部屋に

移し暖かい部屋で過ごせるようにしました。

 そのためか、みゅうは子供の時と同じように

2階の部屋だけで生活することがほとんどに

なりました。

 あれだけ駆け回っていた屋根の上は

ゆっくり、ゆっくりと歩いて散歩するだけに。

 部屋ネコのみゅうは常に私の見えるところで

生活しいっしょに暮らしていました。

                           

今月、6月に入り先週のこと。

それは突然にやってきました。

真っ直ぐ歩くことが出来なくなったかと思うと

みるみるうちに悪化していくのでした。

 歩くこと自体が困難になり、ご飯を食べれなくなり

目に見えて衰えていくのです

ストローを利用して水を飲ませてやることが

私に出来ることでした。

かつおぶしの粥をちょっと強引に口に入れて

みても吐き出してしまうので

またたびを水に混ぜて飲ませてみると

少しだけ落ち着いてみえました。

でも

ついには自力で寝返りも出来なくなりました。

同じ姿勢でいるのは辛いから

定期的に体勢を変えてやるのですが

体がずいぶん小さくなってしまったことに

ココロが痛む思い

そしてときどきか細い声を出すのですが

それを理解することが出来なくて歯がゆい。

水を飲ませたり頭や体を撫でてやることしか

出来ません。

正直、ここまでくると早く楽にしてやりたいと

思う気持ちにもなるのでした。

                 

昨夜8日、風のない寒くも暑くもない夜。

午後9時40分ころ     

最後、呼吸の回数が極端に少なくなったことが

わかりました。

苦しいのか時折手足をばたつかせました。

私は寝かせていたホットカーペットから抱き上げて

みゅうの体をさすってやり

迫り来る死を覚悟しました。

                        

そして

みゅうはゆっくりと呼吸をすることを

辞めました。

                   

私は泣くことはなく「今までありがとうね」と声をかけ

しばらくそのまま抱き寄せたまま

痩せ細った体を撫で続けました。

                  

その時気づいたことがあります。

私はよく「みゅうは家族と同じ」と言っていましたが

それは薄っぺらい言葉で

軽々しく言っていた自分が恥ずかしくなりました。

本当に家族と感じるのは

最後、死を目の当たりにした時に深く感じるものだと。

                      

翌日(昨日9日)、ダンボールに入れた亡き骸を

ペットの斎場に持って行き火葬する簡単な手続きを

しました。

「最後のお別れをしますか」と言われ

ダンボールを開けて眠るように丸くなっている

小さくなってしまったみゅうを見たとき

そこではじめて涙がこぼれ

手で拭っても拭っても涙はとまらず

みゅうの体にこぼれ落ちました。

亡骸とはいえ、これで本当の

みゅうとのお別れかと思ったら

どうにもならなくなりました。

                        

みゅうが我が家に来て幸せだったかな

そんなことを

みゅうと過ごした20年を思い出しつつ

思いました

                   

少なくとも

私は、みゅうのおかげで

とっても幸せでした。

                 

おやすみ  みゅう

20年間       

ありがとうね

09030401   

(お気に入りのホットカーペットで

気持ちよく眠る在りし日のみゅう)

 

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コメント

みゅうちゃんはとても幸せでしたね。


記事を読ませてもらって、涙がとまらなくなりました。

みゅうちゃんが亡くなった悲しみの涙と、みゅうちゃんはとても幸せな日々を過ごし、そして旅立てたことに『よかったね、いい人に巡り会えて幸せだったね』という思いと…

家に遊びに行くと、『みゃあ』と挨拶するみゅうを思い出しました。
正直ことばが見つかりませんが、
みゅうは幸せだったと思いますよ。
心からご冥福をお祈りします。

遊びに行ったとき 我が家の猫とは違い軽やかに歩くみゅうを思い出します。
最後に看取られて幸せだったと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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