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2011年4月21日 (木)

11日の記憶 ④

地震発生の翌朝

携帯を充電するためにガレージの中の

車にエンジンを掛けていると

暖まってきた車内で眠ってしまいました。

 ラジオから明かになってきた地震の大きさ

津波の被害の状況が

虚ろながらも耳に入ってきます。

 この地震は、確立99%と言われた

宮城沖地震ではないのか・・・

こんなハリウッドのSF映画のような

津波が現実に起こるなんて・・・

                  

三陸は08年、09年、とくに09年の

ツーリングでは岩手のリアス海岸線を

へばりつくように走ったので

そのときの旅が思い出されました。

そして津波の被害を勝手に想像していまい

狭い車内でうなされるようでした。

っとその時に人の気配で目を覚ましました。

近所のバイク仲間が半開きのシャッターを

くぐって現れたのでした。

 とりあずはお互いの無事を湛え

彼のカタナはミラーが折れただけだったと。

                    

私がこうして地震後のことが書けるのは

ノートにそのときの事柄を箇条書きに

書き込んでいたからです。

ランタンの灯りのもとでメモのように

日記をつけていたからで

それを見ないと

まだ1ヶ月半だというのにあまり思い出すことが

できません。

恐怖の度合いが高いと人間の脳は

それを記憶から排除してしまう

というようなことを聞いたような気がします

 まさにそんな感じです。

13日の日記のなかに

「余震のたびにオフクロが怯える」

「電気でもガスでも水道でも

なんでもいいから一刻も早く復旧してほしい」

14日の日記

「今日は何曜日だろう? 月曜日かな」

こんななぶり書きがありました。

あの時の混乱した状況が

改めて見えてくるようです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                

そして平常は生活に戻りつつあるかにみえた

4月7日の夜11時32分に

また大きな地震が起きてしまいました。

11日と同じ暗い夜。

またすぐに同じ状況になるとは・・・

            

学者さんは今後も

大きな余震に注意が必要だと言っています。

2度あることは3度ある

私もそのつもりで覚悟し身構えています。

 しばらく心から休まることはないかもしれません。

       

そのかわりに

バイクに乗れることの喜びは

以前よりもとても強く感じています

             

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