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2011年12月27日 (火)

今年をクルリとふり返る(その2)

3月11日、震災の夜

車のヘッドライトと懐中電灯の灯りが

交錯する以外に

灯りとよべるものはなく

夜の暗さに

深い奥行きと重みをかんじるような晩でした。

110311008a

【震災の夜 仙台市中心部方向】

                            

思い出してみると

あの揺れは、気が遠くなるほど長い時間でした。

 波のように幾度も襲ってくる激しい揺れ・・・

揺れている最中

ワタシは何故か、壁に掛かっていた時計を

凝視していました。

揺れている時間を計っていたなどという

余裕などはなく

ただ見上げるようにして時計を見ていることしか

できなかったのです。

      

その長く続いた揺れは                        

青森、八戸沖から茨城あたりまで

たとえるなら、一枚の紙を縦に裂いたように

海底の断層がずれていった

                      

1000年に一度・・・

人が生きている時間を越えた

地球単位の時間の長さに匹敵する

そんな途方もない周期の大地震に

自分が生きているこの世の中で起きてしまうなんて

「不運」

そんな2文字で片付けるには

あまりにも大きすぎるのではないか。

 1000年に一度の巨大地震が残した

大地の傷と人間に与えた傷というものが・・・

                        

『 生きてます

          
現在、電気は回復して暗い夜からは解放されましたが

水道、ガスは見とうしがたっていません

                    
私の住む仙台泉区は倒壊などの被害は少ないようです

                  
水は確保出来ています

                   
ガソリンが手に入らず 貴重です

                   
食料も大変貴重で簡単に買うことは出来ない状況

生活情報を教えて下さい

                    
私も知りうる限りここに書き込みます 』

                             

これが11日から4日が経った

3月15日にアップした地震発生後初の

記事の内容です。

 いま読み返してみると

端的で必要最小限の安否内容で

そこから切羽詰っている状況が

感じ取れます。

                        

冷たい強風と星の輝き、時おり舞う雪。

散乱した物を、片付けるというより

ひとまとめにして足場と寝床を確保する。

                        

ランタンの灯りの中でコーヒーを沸かし

毛布に包まりながら湯気の立つマグカップを

口元にはこび、丁寧に少しずつ飲んだ。

110311009a1

                       

しばし呆然としつつ

こんな夜が過去にもあったことを思い出してました。

宮城県沖地震とクリスマス大雪

 またこんな日が来てしまうなんて・・・

090502a1

【78年宮城県沖地震、我が家の塀は倒壊】

                       

さまざまなことを

いま考えなくてもいいようなことまでも

なぜか思い出してしまうのが

悲しくもおかしなことでした。

現実逃避みたいなものなのだろうか。

                         

ぬるくなってしまった残りのコーヒーに

沸かしなおした熱い湯を足した。

そんなことをずっと繰り返していたと思う。

          

遠かったり近づいてきたりするサイレンが

あらゆる方角から聞こえてくるのは

まるで闇の世界に迷い込んで

右往左往している、なにかSFの世界を

連想させた。

                

サイレンに反して

岩手宮城内陸地震のときには

夜になっても、上空をヘリがうるさいほど

行き来していたのに

この夜は一ものヘリも飛んでいないことが

妙にかんじることでした

                              

                           

翌12日の朝

ワタシはガレージに停めてある車の中で

エンジンを掛け、携帯の充電とカーラジオから

次々に飛び込んでくる情報を

どこか遠いところの、まったくの他人事のような

感覚で聴いていました。

                       

徐々にヒーターで暖まってくる車内

冷えた体の緊張がほぐれてくると

意識がうつろになり

アナウンサーの声が徐々に遠のいて

いつしか眠ってしまいました。

                        

ハッと飛び起きるように目が覚めたとき

目の前に仲間の姿がありました。

 物音に気づいて起きたのか

それとも気配をかんじたのか定かではありません

                      

お互いの無事を確認しあうと

不思議と安堵感がわいてきました。

                 

少ない情報を話し合っていくにつれ

やらねばならないのだな

みな同じ思いなのだな、と。 

 ようやくそこでこの現実にたいして

目が覚めたような気持ちになり

やってやろうじゃねえか

という前向きな力がみなぎってくるのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地震発生後、このブログで最初にアップした曲

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