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2013年3月11日 (月)

あの日から

もう2年なのか
まだ2年なのか
どっちつかずの左右に振れる落ち着かない
天秤のような不安定な気持ちです

あの、経験したことのない揺れの大きさと
永遠にも感じた長い長い揺れ

今でも鮮明に記憶しているそれらは
あれから「もう2年経ったのか」と
月日の流れの早さを感じるし

それに対して、復興という、前進していく
スピードの遅いことに
まだ「2年なのか」という気持ちにもなる。

いや、それは逆な気持ちであるかもしれない

感覚というのは
まあなんと曖昧なものか。

しかし、2年前の3月11日は
人間の営みに、消すことの出来ない
大きな傷を残したということは
間違いない事実なわけです。

問題は、過去の時間の経過ではなく
傷ついたものは癒さなければならないということ。

それが出来るのが人間というものですよね

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日頃見る仙台の明りも
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あの日の夜は暗闇でした。
不安と動揺に押しつぶされそうな寒い夜。

私は、こんな夜を過去に二度味わったことがあります

高校生時代のクリスマス寒波と
中学生の時の「宮城県沖地震」です
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「78年宮城沖地震で崩れ落ちた我が家の塀は
鉄筋の入っていない手抜き工事。」

そんな塀が多いことが浮き彫りになった地震でした

 

何度経験しても
停電になった夜というのは不安なものです。

一寸先は闇、未来も想像出来ない明日への不安
ことの重大さに頭の中で何も整理がつかず
その不安に押しつぶされそうな感覚と
夢であってくれたならば・・・
足元に散乱しているそれらを、夜の闇が
隠してくれて現実から目をそらせていられること。

この闇から開放されたいという一方の気持ち。
とにかく行動を起こさなくては
何も始まらない
この状況を一刻も早く把握せねば
 夜が明けてくれという
ちぐはぐな心模様

明りがあって当たり前の街に
あるものがなくなるということは
頼りにするものが目の前から姿を消して
これほど心細いものかと
こんなときになって痛切に感じるものです。

それに輪をかけるように
サイレンの音だけが
あてもなく彷徨うように鳴り響いているのが
さらに気持ちの動揺を大きくしていました

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ライフライン
それらすべてが手に入れることが困難になった

たった一度の地震で
こんな事態に陥ってしまうとは・・・
自然の脅威と人間の小ささを目の当たりする

それゆえに災害復旧に駆けつけた方々の支援と
一日も早く日常生活に戻れるよう作業された方々の
努力は「復旧」だけでなく「勇気」が生まれた。
 心からの「感謝」 それしかなかった。

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仙台市内とその近郊でも
いまなお震災の爪痕を散見します。

道路の復旧工事、のり面工事は
まだまだ続いています

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(山野川旅館)


寒い深夜に水を汲みに行ったこと
長い長い列に並んだスーパー
山形まで給油に行ったこと
温泉に日帰り入浴したこと
そのすべてが
遠いことのような、ついこの間のことのよな

もうあれから2年
まだ2年

三度目の春が
もうそこまで来ています

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Heart of Gold    Neil Young

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